そっと、耳を澄まして。
すべてを捧げたその歌で、世界を色付ける「青の歌姫」。
如月千早の見る世界が五篇収録された最新アルバム、ついに完成。
ご好評いただき、完頒いたしました。
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あとがき/スペシャルメッセージ
Fragile Blue
ニノウデ
なにもしてないのに壊れたの──、という言葉に、なにもしてないのに壊れるわけがないでしょう、と律子はあきれたような表情を浮かべた。
使っていた音楽プレイヤーに曲を入れられなくなった。急なことで、機械の扱いが苦手な私には対処の方法が思い付かず、途方に暮れるまでは早かった。
偽物の歌
吉原睡眠
ランニングの帰りに土手へ向かった。まぶしい朝焼けの光が、揺れる水面にも射している。周囲に人の姿はなく、遠くを走る車の音がなければ、この世界にたったひとりに残されたのではと思うぐらいに静かだった。私は左手で軽く喉を触って、声を発した。
考え事があるときは、いつも思い切り歌うようにしている。私の中にある大切なメロディをなぞっていれば、いつの間にか頭の中がすっきりとして、落ち着いた気持ちになれた。
スープボウルの退屈
166
風船を運ばねばならないので、ゆらゆらと彷徨っている。どこに運ぶのか、あるいは誰かに届けるのか、まるで判然としない。判然としないまま、細い紐を携えて歩く。
夜があたりに濃く立ち込めている。右手の感触が心もとないのでたびたび振り返れば、まるい風船は足取りを写し取ったように、やはりゆらゆらと頭上を漂っている。
夏はアイスの旅に出る
アマツキ
ごめんなさい。待ち合わせの時間に少し遅れそうです。
そうメールしたのは仕事を終えてすぐの、三時四十分のこと。けれど、待ち合わせの四時を十五分過ぎたいまでも、メールに対して返事はない。怒っているのだろうか。その考えが浮かばないのは、待ち合わせの相手が彼女だったからだろう。きっと、眠っているのだ。そう思うと「いま駅です。あと五分程で着けるかと」なんて進捗を報告するのも憚られた。
仰げば尊し
あろ
忘れ物はない? とタクシーへ乗り込む前、母に聞かれた。何か持っていくものがあっただろうかと考えて、特に思い付かず大丈夫、とだけ答えた。母は小さく頷くと、運転手へ行き先を告げた。車が走り出す。風を切る音が耳に聞こえた。
晴れて良かったわね。窓から差し込む光に目を細めて母が言った。返答はしなかった。どちらでも良かったからだ。あまり興味もなかった。雨が降ろうが、雪が降ろうが、どちらでも構わない。まぁ、寒過ぎるよりかはずっと良いとは思う。でも、それだけだ。